柔道部の歴史

1932年(昭和7年)創部

img_history01

img_history02

▲寺島秀雄先生

img_history03

本校柔道部は1932年(昭和7年)に創部され、佐伯寛二(御影師範学校)を初代師範として招き、その後、全日本選手権を二度優勝した山本正信(兵庫県警察)を師範として招き、徐々に県下で強豪校となりました。

戦後しばらく「武道禁止」の時代がありましたが、昭和26年から柔道部が復活し、師範として寺島秀雄(尼崎市警察)を招き、柔道部の強化を計りました。その後、昭和29年には団体として初めて県下を制し、初出場の全国高校大会ではベスト16に進出。ここに報徳学園柔道部の黄金時代の幕が切って落とされました。

全国高校総体優勝

その最高潮となったのは、昭和32年天理市で行われた全国高校大会で、報徳学園の歴史上初の全国高校大会団体優勝という偉業を成し遂げました。昭和35年には寺島秀雄が専任教諭となり監督を務め、昭和37年新潟市における全国高校総体では団体3位となり、昭和40年には中量級において堀昌允が個人戦初の全国高校総体優勝を成し遂げました。

その後、昭和46年から高木純一が監督に就任し、その年に松山市で行われた全国高校総体団体でベスト8に進出。昭和57年まで監督を務め、その間6回の全国出場を果たしました。昭和57年から徳尾野信夫が監督を務め、昭和58年全国高校選手権大会で団体ベスト8に進出。昭和61年まで監督を務めました。

昭和61年より光本秀行が監督を務め、平成2年に向尾知基が86kg級で全国高校総体2位、78kg級で全日本ジュニア2位となり、平成5年には団体戦で全国高校総体ベスト8に進出しました。平成18年から小丸剛が監督を務め、平成19年より金谷允道が、平成20年より大村達也がコーチを務めています。その後、平成24年には全国高校総体団体出場、全国高校選手権団体出場を果たしました。
平成25年から金谷允道が監督を務め、中学柔道部の監督となった小丸剛とともに中高一貫で日々の稽古に励んでいます。
また、国際交流も多く行い、現在までにカナダ遠征を5回行いました。カナダからの留学生キース・モーガンが本校柔道部に在籍し、その後カナダ代表としてオリンピックに3回出場するなど大いに活躍しました。